sadaijin_nanigashiの日記

虚無からの投壜通信

日々のあれやこれやをいろいろと。

アルヴォ・ペルト『鏡の中の鏡』 (Spiegel im Spiegel)

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先日購入したCDの1枚に、アルヴォ・ペルトの『鏡の中の鏡』が収録されているものがあった(Brilliant Classics盤)。

平均律クラヴィーア第一巻の最初の曲を思わせる単純で静謐なピアノのアルペジオの上に、これまた静かにヴァイオリンの単純で穏やかな旋律が流れてゆく。明るく、何もない、静かな部屋で時間の流れを自らの裡に感じているかのような、優しく、そして多くのものに別れを告げてゆくかのような余韻。

明かりを落とした部屋で聴きながら、色々なことを思い出す。いや、思うと言った方が適切だろう。それは、アドルノマーラー交響曲の響きの中に見出した、子供の頃の記憶のユートピア性とも通じ合うかのような、あのあらかじめ失われたものとしての幸福の記憶である。

私はなにかを眺めている。だが、それが何であるのかは思い出すことができない。けれども、それを眺めている私は欠けることのない満ち足りた、永遠に続くとすら思われる静寂の中に独りいる。

景色は少しずつ変わっているのだが、それが何であるのかは依然として分からない。しかし、私はそこに在ることで全てのものが美しく、時から逃れることによって得られるあの憂いのない浄福の中にまどろんでいる。

けれども、もうそこには戻ることはできない。いや、戻ることができないからこそ、それは記憶の淵源で揺曳し、美しいもの、宥和されたものの姿を朧ろに囁くのだと思う。さようなら、そして遠き時の終わりでまたいつか、と。