sadaijin_nanigashiの日記

虚無からの投壜通信

日々のあれやこれやをいろいろと。

2016年フランス旅行(5): フランドルの道

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午後は北駅からバス54号線に乗ってフランドル通りへ。この通りには十数年前私がフランスに留学していた折に住んでいたアパルトマンがある。住んでいた当時にもひったくりに遭ったし、色々な意味で治安のいい場所ではないのだが、有色人種が数多く住むこの界隈では東洋人であることで奇異の眼で見られることはあまりない。無論無教養な一部の連中からの人種差別は少なからず経験はするのだが、それでもフランス国民戦線のような極右が強い地域で受ける刺すような視線に比べればまだずっとマシだろう。言われたら、やり返せばいいのだから。

 

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フランドル通り(avenue de Flandre)は以前はフランドル街(rue de Flandre)という下位の名称で呼ばれていた。しかし私がフランドル通りのアパルトマンに引っ越した少し前、中央の歩道帯に木が植えられると同時に通りの名前も現在のものに昇格した。
当時は木が植えられた直後ということもあり、街路樹はとりあえず植わっていますというものでしかない貧弱なものだったのだが、十数年の月日は街路樹を立派な憩いの場に成長させた。9月にしては比較的強い日差しのなか、街路樹の下にあるベンチで一休みするのは実に心地よいものだった。
もちろん、歳月が流れるということは街の様子が変貌することも意味する。お総菜を買うことの多かったCasinoというスーパーは売り場面積が半分になっていた。日曜大工道具を買っていたBHVはドイツ系のLiDLに替わっていた。また、いくつかの店は潰れたり店名が変わったりしていた。
だが、そこは街の変化の速度が遅いパリである。私が住んでいた時も平均1時間待ちで評判の悪かった郵便局の混雑は相変わらずのままだったし、界隈で一番評判の良かったパン屋や、私がよく肉を買っていたハラル肉屋も健在であった。また、中華系移民が経営する食材屋も数件営業を続けており、数年経てば店があらかた入れ替わる小生の日本の実家の近所よりもはるかに懐かしさを留めている界隈であった。
場所と自分との結びつきは、このような過去の風景との連続性にも求められるように私は思う。長い年月を経ても変わらない風景の場所に立つことが叶うのであれば、私はそこにかつて自分がいたのだという内的な意味での時間の連続性を再生させることができるだろう。しかし、あまりにも早く街の風景が変わる東京のような場所では、久しぶりに戻った場所はほぼ例外なくその姿を大きく変えている。それは街の活力でもあるのだろうが、私の記憶の流れの中には、ちりぢりに、そして小間切れになった、連続性のない個別の記憶の断片が残るだけになってしまう。このとき、私は自分がどこから来て、どこに行こうとしているのか、全く見当が付かなくなるという混乱に陥る。日本で時々私が味わう自己の現在性の欠落に伴う不安は、このような経験と恐らく無関係ではないと思う。

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フランドル通りから運河沿いに歩みを進める。ウルク・ヴィレット運河はパリの郊外の諸都市も結ぶ運河で、年に一度の無料遊覧船では運河から郊外の諸都市(所謂「赤い郊外」)がいかに荒廃しているのかをまざまざと見せつけられるのだが、少なくともパリ市内に限っては以前よりもオシャレに改装されているようだ。
それでも、運河沿いの広場や公園の一部は鉄柵で封鎖されている。これは工事に伴うものではなく、シリアやアフリカからの移民・難民ホームレスがそこで屯したりテント村を作ることを防ぐためのものである。飲料には適さないけれども水はそこにあるから、とりあえずシャワー代わりに使うのには問題ないし、公園の砂地はテント用のペグを打ち込むのにもってこいなのだ。
両者のそれぞれの対立する理由と事情は分からないではない。だが、それを見ると、何とも暗澹たる気持ちになるのも事実だ。

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橋を渡る。ポン・デ・ザールでもないのに南京錠が数多く取り付けられている。恋愛で頭がアレになっている人に指導してもきかないのだろうけれども、誰がこういう【自主検閲】なの始めたんだろう。別れたら自動解錠……したら意味ないか。

橋の向こうは19区でも比較的高級な地区に入る。特にジャン・ジョレス通りから区役所までの一帯は、フランドル通りの19区とは全く異なる所謂「パリらしい」街の装いを見せる。私が洗剤(フランスの通常の洗剤はあまりにも強く、小生の場合肌が荒れまくるのでこういうお店で売られているエコベールやビオトップなどを使うしかなかった)を当時主に購入していたBioのスーパー「Canal Bio」があるのもこのエリアである。土産物の調達も兼ねて少々買い物をする。なお、ここのショッピングバッグは十数年前に小生が購入したものとほとんどデザインが変わってなかった。レジにいた若いお兄さんにその旨を話すと、かなり驚いていた。

2016年フランス旅行(4): 切符の引き取りとNaviGoへのチャージ、買い物

 

【2日目】

7時頃起床。朝食を済ませ、あらかじめWebで予約しておいたこれからの移動の切符を東駅に引き取りに行く。前の晩、ホテル界隈をウロウロしていたら、以前はあった国鉄のトラベルセンターが閉鎖されていたので、少しだけ遠い(といっても100mほどだが)東駅の切符自販機で切符を引き取ることにしたのだ。

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朝の東駅。TGV東線が開通するまではベルシー駅同様の単なるローカル線のターミナル駅で、ずいぶんと鄙びた場末の駅だったのだが*1TGVの開通に伴い大きく改装され、今では構内にショッピング街もあるなど、ずいぶんと小綺麗になった。つぎはぎ拡張を繰り返してきて初めての人には不親切極まりないリヨン駅、治安がやはり悪い北駅、階層構造が何だかんだでわかりにくくて駅の回りの治安が悪いモンパルナス駅と比べると、改装が新しい分だけ東駅が一番シンプルで分かりやすいように思う。

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駅のゲート内では、森山大道の写真を展示していた。今年の夏にルーヴル美術館で彼の回顧展が開かれたことに伴うものだと思うが、パネル展示だから汚損しても取り替えが利くし、スペースの活用にもなっていいのではないだろうか。

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地下鉄の駅ではタッチ式IC乗車券のNaviGoをチャージする。ゾーン指定は1-2だけでいいかなーと思いつつパネルを操作したところ、ゾーン1-5のものしか選べない。アレ?と思って窓口の人に尋ねたところ、2016年の頭にゾーン統合がなされ、全エリア統一運賃になったのだとのこと。地域圏の統合に伴うものなのか、切符を買うのに戸惑っている人を助けるフリしてスリを働く連中を排除するためなのかは分からないが、NaviGoをパリで使う方はとりあえず注意してください。

大分設備が良くなったとはいえ、ヨーロッパのホテルに備え付けの石鹸はやはり小生の肌には厳しすぎるので、東駅地下口内にあるイヴ・ロッシェで石鹸などを買う。天然由来成分に基づくコスメの割には値段も某ロクシタンのようには高くないので、フランスに行く時には土産も兼ねてここで石鹸やシャンプーなどを買うようにしている。イヴ・ロッシェは日本にもかつては進出計画があったらしいのだが残念ながら破談となっており、 現在日本の近所で最も近い支店は上海らしい。でも上海だと所謂おフランス価格なんだろうな……。ロクシタンもフランスでは「ちょっと高い」程度の価格で、日本のお店みたいに石鹸ひとつで発狂レベルの値段ではないから。

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地下鉄で移動し、デパート街でこのあとの旅などで着る衣類や靴などを調達。パブロによる免税手続きが一般化したため、出国時に購入品が実質的に未必要である必要はなくなったのは大きい。本当はチケットを提示した上で税関係官に書類を提出してスタンプをもらわないといけないのだが、e-チケットになってこの方そんな面倒なことはしなくなった。

それにしても、昨年の冬にはデパート街でその数に驚愕した中国人観光客だが、今回は拍子抜けするほど姿が少ない。テロなどの影響でパリを訪れる中国人観光客は激減したとニュースで聞いたが、確かにそのようだ。だが、日本人も少なく、以前は15分待ちだったギャルリー・ラファイエットの日本人向け免税カウンターはすんなりと待ち時間ゼロだった。そのくらい観光客が減っているのか……

買い物したものをまとめて移動し、東駅まで戻る。

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昼食は東駅近くのケバブ屋。クスクスもかなり安く、写真のメニューで9.5ユーロ。野菜のみのクスクスであればもちろんもっと安い。飲み物は水道水を冷やしてもらったもので十分。空気が乾燥しているのでコーラもおいしいが、クスクスには合わないし。

で、荷物をホテルに一旦置いたあと、近所の携帯屋へ。日本を出る前に購入したSIMフリースマホ、ZTE V580(

http://www.ztemobile.jp/products/v580.html )を持参し、適当なSIMカードがないかを尋ねる。

結果、比較的安かったのはLycamobile というMVNOキャリア。身分証明書もなくわりとあっさり開通。ただ、データ通信に関する各種格安プランを購入するためにはオンラインでユーザー登録をする必要があるため、色々と一手間かかる。小生の場合は携帯屋の主(インド人)が色々と手伝ってくれたおかげで、相当に楽に済んだ。

アクティベートされたスマホをカメラバッグに入れ、午後の行動を開始する。

*1:なお、その頃の様子は映画『アメリ』で観ることができる

長谷川豊氏の愚昧さはもちろんだとしても

フランス旅行記は明日また続きを書く予定です。

さて、巷間では長谷川豊氏のブログに端を発する一連の問題が少なからず囂しいようだ。結果彼はテレビのレギュラー出演枠を全て失ったそうで、かなり前から彼の発言がどんどん過激化し、かつ思慮を欠くものになっていったのを見ていた側としてはその帰結は当然のものと思えなくもないのだが、ここまでで彼が連発していた「自己責任」という卑語は、改めてある種の問題を私たちに提起しているように感じられる。

それは、「自己とは何か」というより根本的な問いである。即ち、日頃私たちが行う行動のどこまでが、徹頭徹尾自己という単一の存在によって決定されているのかということを、「自己責任」という卑語で思考停止することなく、主体あるいは個人を囲繞する構造の点からもっと考えるべきではないのかということをもう一度考えてみる必要があるのではないかと私は思うのだ。

例えば、米国では貧困層になればなるほど肥満の比率が高まることがよく知られている。これは貧しくなる=太るという因果関係を直接的に意味するものではないが、食費に対する支出余地の減少が、結果として栄養バランスを無視した食事に人々を至らしめているという事が指摘されている。即ち、米国の貧しい消費者は自ら進んで積極的に肥満になったのではなく、経済構造がもたらす一つの消極的帰結として肥満に陥りがちだということである。

従って、このとき貧困な肥満層がマクドナルドの安いハンバーガーをぱくついていることを論って「お前の日頃の生活が怠惰だからだ」とさも現実主義者の冷徹さを維持しているかの如く罵倒するのは、自己決定に対する構造的問題の半分しか見ていないことになる。その裏側には、常に社会的・経済的構造が個人を使嗾しているという真実を見ようとしなければ、そのような罵倒は現実主義に名を借りた表層主義的な反知性主義と言わねばならない。

長谷川氏が今回の問題で、ともすると優生学的思想に陥りがちな自らの知的退嬰に関する馬脚を現したのは別に驚くべき事ではない。だが、それを他山の石として私たちが何かを学ぶべきであるとしたら、個別の現象を全て自己責任に基づく合理的意思決定であると古典主義経済学の主体のごとき短慮に基づく即断をするのではなく、個人の意志過程にどれほどまでに社会的・経済的関係が介入しているのか、そしてそこでの個人は素朴な主体では最早あり得ないのだということを、静かに見据える真に現実主義的な眼差しが必要なのだということであろう。

2016年フランス旅行(3): ホテルの話

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宿泊したのは東駅近くにあるとあるホテル。留学時に住んでいた19区に比較的近く交通の便が良いこと、そしてグレードの割には安い料金であるため、パリに滞在する時にはほぼ定宿にしている。ただし、北駅にも近いことから夜間の治安がそれほど良い地区ではないので、いわゆる「パリらしい」大通りや景観を期待するとほぼ間違いなく裏切られる。そのため、仏語あるいは英語でのコミュニケーションに不自由しないレベルであれば、このエリアはそれなりにお勧めできるように思う。

なお、ここのホテルを定宿にしているのには経緯がある。

ここのホテルはとある大手チェーンがどうやら居抜きで購入し、新装開店したものらしい。そのため、以前は元のホテルの面影が強く残っており、レセプションからエレベーターまでの動線は分かりにくいし廊下は真っ暗だしカーペットやシャワーはボロいわと、星の割にはかなり悲惨な造作であった。
まあ、料金が安いので仕方ないかな~とか思いつつ、一応ホテルの感想メッセージにはその旨改善を期待するよと書いたのだが、直後ホテルの支配人からメールが届き、複数回の、そして長期にわたる色々なやりとりが続き、支配人氏は小生の要望をある程度容れてくれると約束してくれた。そして次の滞在時には、廊下も明るい照明に取り替えられ、シャワーなども新品に交換されていた。恐らくは支配人氏が小生にコンタクトしてきた段階で翌年度の改装予算は計上されていたのだとは思うが、それでもこちらの要望が反映されていると感じるのは嬉しいものだ。
そして以来、私が到着する時には都度FUP会員としてのウェルカムドリンクは付けてくれると同時に、簡単なスナック菓子をおまけに付けてくれるようになった。通常、大手ホテルチェーンの画一的なサービスではこのようなことは滅多にないものなのだが、支配人氏がチェックイン時に「ああ、また来てくれたか」と出迎えてくれるホスピタリティは、特に私が滞在する程度の格付けのホテルであっても、まんざら悪いものではないと思う。

そして晩ご飯はホテル隣のトルコ料理屋で軽く済ます。習いたてのトルコ語で店の主に話しかけると、一瞬戸惑ったような表情の後に「お前何者だ」的歓迎を受ける。事実、パリ市東~北東部には比較的トルコ人の店が多く、彼らはケバブなどを商っており、セットメニューの価格も7ユーロ程度と安い。いわゆるフレンチのランチが飲み物別で大体13ユーロ程度、なおかつボリュームも結構あることを考えると、たまにはケバブ屋でサンドイッチを買ってその辺の公園や広場でぱくつくのも悪くはないと思う。パリのケバブは日本と違ってラム肉の使用比率が高いのもお勧めできるもう一つの理由である。ラムの臭いが苦手な人もいるとは思うが……

2016年フランス旅行(2): パリに到着

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飛行機が安定高度に達すると、食事のサーブが始まった。ワインリストには珍しくギリシャサントリーニ島産の白ワインがあった。そういえばこの前テレビ番組で見たなーとか思い出しつつ頼んでみたのだけれど、……。話題性としてはいいのかな……。飛行機の中では味覚が鈍るせいもあるとは思うのだけど、渋みが強く、フルーツ香が弱いため、飲んでて楽しいというものではなかった気がします。

 

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メインの食事は上記のようなもの。洋食を選びました。
内容はANAのWebサイトによると、

アミューズ
フォアグラムースとマンゴージュレ
ハムとトマトのアスピックとコルニッション
合鴨と林檎のタルトタタン風 くるみの飴 2種のオリーブとチーズ
ハーブオイルとともに

アペタイザー
ミラノサラミで巻いたリエットと鰯のスモーク アンディーブにオレンジソースを添えて

メインディッシュ
牛フィレ肉のステーキ 秋田県にかほ市産いちじくのローストとポテトのグラタンを添えて

デザート
ラズベリーフロマージュブランのムースまたは洋梨タルト (結局両方食べた)

だそうです。鰯のスモークやステーキは結構おいしかったです。

そして食事と共にお酒も結構飲んで一通り酔っ払ったので座席を寝床モードにして就寝。以前は提供されていなかった寝床マットレスがあり、それを敷くことで椅子のパーツごとの段差が吸収され、腰などへの負担が軽減されるようだ。熟睡しちゃうとそんなのよく分からないのですが……

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で、5~6時間寝たところで少し目が覚め、甘いものが欲しくなったのでアイスを持ってきてもらう。スゲー!  ハーゲンダッツ(バニラ味)だ! 自腹でハーゲンダッツなんてここ数年買ってないよ! と驚きつつむしゃむしゃと食べ、再び軽く寝る。

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飯食って酒飲んで寝てアイス食って寝て……を繰り返すうち、飛行機は目的地にかなり近づいていた。そして軽食が提供される。内容は、

煮 物 牛肉早煮
主 菜 鰆みぞれ煮 俵御飯
味噌汁、香の物

という和食を選択。相変わらず酒飲んでますが。白米に何となく落ち着く。食べ物については和洋中その他大体現地の食事に適応できる体質ではあると自負していたのだが、白米で一息つくあたりに自分がそれなりに年をとったことを感じずにはいられない。留学中も実際のところ結構な頻度で米炊いていたので、その辺はもしかすると実は変わっていないのかもしれないけれども。

軽食を平らげ、本を読みながら時間を潰しているうちに飛行機はシャルル・ド・ゴール空港第1ターミナルに到着。今は夏時間なので-7時間の時差があるため、まだまだ外は明るい。機内ではフルフラットシートでひたすら寝たこともあり、肩などはバキバキに凝ってはいるが疲労もそれほど激しくはない。陸マイラー万歳と言ったところだ。

以前と比べてそれなりに厳しくなった入管を抜け、タクシー乗り場へ。ホテルの場所を告げて市内へと移動する。ふと料金が気になってメーターを見たところ、表示は50ユーロのまま全く動かない。運転手氏に尋ねたところ、少し前から空港からパリ市内へのタクシーは昼間であれば50ユーロ固定になったという。駅からのタクシーと違って、空港からのタクシーは以前であってもボッタクリは滅多にいなかったと思うのだが、これも観光客の体験向上のための施策なのだろう。

そうこうしているうちにタクシーはホテルに着き、無事チェックイン。
時刻は午後6時半を回っていた。

2016年フランス旅行(1): いきさつと出発

先週末、フランスへの約十日間の旅行から帰国した。後ほど述べるが帰路は非常に疲れるもので、疲れが抜けたのは今週頭になってからだった。このことに、まず、年齢を感じる。

 

さて、フランスへの旅行を計画していたのには、理由がある。今から約三十年前、小生が初めての海外としてホームステイをした南仏のホストファミリーの旦那さんが今年の一月にこの世を去ったことは こちらで読めるのでそちらを参照して頂くとして、やはりできる限り早い時期には墓前に挨拶をせねばなという思いは常に頭の片隅にあった。だが、忙しすぎる日常はそれを許さず、それに重なる体調の悪化と周辺環境の崩壊は、私自身の精神的状況をかなり厳しくするものでもあった。

だが幸いと言うべきか、今年のお盆明けにとある転職エージェントから引き抜きの話を頂いた。ヘッドハンティングに相当するような立場の人間ではないので、あえて言えば「テールハンティング」なのだが、それでも提示された条件は現職よりもかなりよいもので、一も二もなく首を縦に振り、数度の面接やプレゼンなどを経て、九月の頭には全てが決まり、内定通知書の確定翌日には現勤務先への早速退職の宣言とその日の午後からの有休消化と相成った。引き継ぎ?組織が崩壊しているのにそんなの知るかという具合です。

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そしてマイレージカードの蓄積マイルとクレジットカードの蓄積ポイントを確認したところ、ギリギリではあるが欧州線ビジネスクラスが確保できることがわかり、速攻で空き状況を確認して切符をおさえた。

※特典国際航空券はものすごい前か、ギリギリ直前に検索すると平会員でも比較的取りやすい。

今回は上記のような経緯もあるので、純然たる観光というより、思い出の地を回ることで「失われた時」を少しずつ取り戻し、自らの内的時間の記憶の回復を図ることで、実存的な充足をも回復したいという狙いが主である。もっとダサく言ってしまえばある種の「センチメンタルジャーニー」かもしれない。

【Ⅰ日目】

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かなりの睡眠不足の体+朝食抜きという状態で空港に到着。ラウンジで早速タダメシにありつこうとするが、ソロシートがあらかた埋まっている混雑状況に驚愕。思えばこの日はシルバーウィークにちょうどぶつかるため、個人旅行客も沢山いるわけだ。元々がANAビジネスクラスラウンジは成田も羽田も結構混んでいるのが常態化しつつあるので、もう1カ所くらいどこかに増設して欲しいなあと思います。ちなみに成田のANAラウンジは最奥部にマッサージチェアエリアがあって、そこだけは結構静かなのでおすすめです。

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搭乗時刻がやってきたので席に座る。比較的評判のいいスタッガード配列のビジネスクラスシートだが、B787-9からは一部仕様変更が見られ、サイドテーブルが木目調になっていたり、コップ置きや、眼鏡入れに便利だった物入れが廃止されていたりする。個人的にはB777-300ERで採用されている仕様の方が色々と好きです。タダ券なんであんまえらそうなことは言えませんが……

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ウェルカムドリンクのスパークリングワイン。以前はステムつきのプラカップでしたが、安全性確保と言うことで普通のプラカップになりました。まー、飲んでしまえば同じですんでそれほど気にならないのですが、だったら食事の時に使っているグラスのほうがいいのではというのはわがままですね。
※ファーストクラスではちゃんとしたシャンパンフルートでウェルカムドリンクが供されます。中味もシャンパーニュです。ブラインドテストしたらどうせ分かりませんけど。

最近では一部の外国航空会社でも取り入れられているが、一人一人のお客にCAが挨拶に来るのも日系航空会社ならでは。「マイル引き替えのタダ券ですけどね」と気まずい返事をするのまでがお約束です。ごめんなさい。

そして飛行機は定刻通りトーイングを開始し、タクシングのルートに着く。

十数分後、機体は離陸。パリまでの11時間ほどの空の旅が始まる。

フランス行ってきました

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色々なことが一段落したので、フランス行ってました。

紆余曲折の上に実現したとは言え、今年中にいきたいと思っていたので、とりあえずは行けて良かったです。

旅行記などはまた後日。

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福島第1核発電所―フリガナだらけのテキストが物語るもの

1 FOR ALL JAPAN|廃炉のいま、あした

福島第1核発電所廃炉作業を行う作業員と関係者のために開設されたWebサイトがある。もちろん、Web環境何それおいしいのという作業員の皆様のためにも、冊子版(ニュースレター「月刊いちえふ。」, cf. 

http://www.tepco.co.jp/nu/fukushima-np/roadmap/images/d151126_14-j.pdf

)が2,000部ほど現地で配布されているらしい。

具体的内容は食堂での献立とかバスの時刻表とか放射線量のサーベイマップとか、現地で働く人たちのインタビュー(ただし上流工程の人が多い)など。現地でどのような仕事が行われているのかのリアルを知ることができるという点でも、それなりに興味深い内容ではある。

ただ、一目見てその異様さに気づく人は多いだろう。つまり、ちょっと難しそうな漢字には片っ端からフリガナが振られているのだ。特にインタビュー記事のコーナーではそれが顕著で、「陳列」「販売機」「雰囲気」「吸着装置」など、義務教育課程を普通に終えた人なら余程のことがない限り読めるような語までフリガナが振られている。通常、この水準の語は新聞でもフリガナは振られない。「喜連瓜破」とか「弟子屈」とか「九品仏」みたいなハイパー難読地名ではないのだから。

ということはだ。これらの広報媒体の読者層として想定されているターゲットには、義務教育課程においてまともな漢字の読み書きを残念ながら身につけられなかった、あるいは義務教育そのものからドロップアウトしてしまった人々が少なからず含まれるということだ。

これらの層が核発電所の所謂「汚れ仕事」を今までもやってきたという話は、堀江邦彦氏の『原発ジプシー』( https://www.amazon.co.jp/dp/4768456596 )でも有名な話だが、それがリアルタイムで、しかも絶望的な見通ししかない核事故の後始末に関して進んでいるという話は、日本の核発電産業の構造がレベル7の大惨事を経ても何も変わっていないということを意味している。

なお、このようなWebサイトや冊子は東電の広報部が直接関与して制作することは少なく、通常は外部のWeb制作会社や編集プロダクションに委託するのが普通である。そして私はその会社がどこかについてある程度の情報を掴んでいるが、裏が取れていないということもあり、それを公開することは今のところできない。続報が可能であるよう、期待してもらえればと思う。

やっとオリンピックと高校野球が終わったわい

やれやれ、やっとオリンピックと高校野球が終わった。テレビをつければ世界の現実をほっぽらかしての乱痴気騒ぎという日々が一段落するかと思うと、ほっとする。

だが、オリンピックは馬鹿高い放映権料の元を取るため、「感動の瞬間をふり返る」とかの頭の悪い2時間枠番組がしばらく放映されるのだろう。くだらないことこの上ない。

まあ、元々テレビは録画しておいたドキュメンタリー番組とか購入したBDソフトを観るくらいにしか使ってないので何を今更ではあるのだが、とりあえず静かな日々が一日でも早く戻ってくることを期待せずに期待しておこう。

はせがわくんあたまおかしいや

ある程度考えをまとめてから書こうと思ったが、最近の長谷川豊の「記事」(とは到底思えないほど水準が低いのだが)、あまりにも支離滅裂でまともに思考力を働かせているとはいいがたい代物になってきている。以前も思慮の欠落ぶりは高校生でもここまでひどくはないだろうと思わせるものだったが、例の「ベッキーからの手紙」のホラ吹き以降、朝っぱらからクスリでも一発キめてるのではないかと心配するほど内容も文章自体の修辞も崩壊している。特に修辞の崩壊は、文章を書く時にまともに自らを省みていないことも意味するし、内面の悪化には政治的立場が正反対の私でも心配するレベルである。

バカにつける薬がないのは私もよく知っているが、明らかに境界性人格障害が悪化しているような様子が見て取れるので、悪いことは言わないから一度カウンセリングに行った方がいいのではないだろうか。ご家族がいるなら、むしろその方が心配だ。